サラ秋田白神
白神こだま酵母をもっと知る特集

白神こだま酵母「発見物語」

著者:秋田県総合食品研究センター 主席研究員
高橋慶太郎
写真は小玉健吉工学博士(左)と著者

1997年、小玉健吉先生と研究所で共同研究開始

1997年(平成9年)夏、秋田市にある秋田県総合食品研究所(現:秋田県総合食品研究センター)の私の研究室に小玉健吉先生(当時77歳)が見えられた。酵母を培養するので微生物培養装置を借用したいとのことであった。そして、最近白神山地からの野生酵母の分離・分類を開始し、今後10年くらい(87歳まで!)は白神山地に限定した研究を進めるとの話があった。
先生は、秋田県在住で在野にありながら、野生酵母の分離・分類においては日本を代表する研究者である。先生が50年間の研究で分離した野生酵母は3000株以上にのぼる。

さらに先生は、これまで11種類もの新種の酵母を分離・分類しており、膨大な数の野生酵母を非常に効率よく分離していた。釣りの名人が、長年の経験により川のどのような場所に魚がいるか分かるように、先生も自然界においてどのような場所に酵母が多く棲んでいるかを知っているようである。

世界自然遺産指定地域1200箇所からサンプルを採取

白神山地は広大な落葉広葉樹林帯が8000年以上も保たれていることから、多様な微生物が存在すると予測されているにもかかわらず、これまで白神山地を起源とした有用微生物は分離されていなかった。山麓までのアクセスが悪く、また登山道などが整備されていないため、人が簡単に入り込めないことが大きな理由であった。また、このことが世界自然遺産に指定された要因でもあった。

世界自然遺産指定地域からの土壌採取は一般には認められていない。実際に採取可能となるまで営林署(当時)をはじめ関係各機関への申請・許可が必要であり、それまで前例がないことから困難の連続であった。ようやくすべての申請・許可が終了してから世界自然遺産指定地域からの土壌採取となった。そして、この年1200箇所からの採取を行った。

1998年、ついに最後の1株を選抜
「白神こだま酵母」と命名

翌、1998年6月、小玉先生が白神山地のサンプルより分離した500株の酵母から、24株の酵母が研究所に手渡された。既存の発酵食品で使用可能な酵母は、当然ながら発酵性のある酵母に限られる。手渡された24株は、すべて発酵性のある酵母である。この中から食品企業で使用可能なものを選抜するのが当方の仕事である。

清酒・ワイン・ビール・パン・味噌・醤油・漬物などの発酵食品の中で、最初に目的とするものは製パン用酵母とした。製パン用酵母は、多種類の酵母の中から短期間で最適な酵母を選抜する機器システムが完成されている。また、製パン業界からの要望もだされているので実用化が容易と考えたからである。

ガス発生があるといっても、その発生量が製パンに必要十分なのかを最初に測定した。その結果、24株中4株が基準をクリアした。この4株はいずれも芳香を有し、オーブンフレッシュベーカリーなどで種起こしを行ない、製パンが可能な酵母であった。

この段階で白神山地原産の酵母で発酵させたパンが製造可能であることが確定した。これで最低限の目標は達成できたことになる。

次は広く使用可能かどうか、すなわち酵母として商品化の可能な酵母がいるかどうかを調べることであった。増殖性・保存性の両試験を行ったところ、1株だけが基準をクリアした。この残った1株の酵母がのちに「白神こだま酵母」と命名されることとなる。

しっとりした生地、フルーティーな香り、
試作品第1号がようやく完成

これまで実際にパンを1回も作っていなかったので、データ的には良好な製パン適性を持つとわかっても、確信が持てない。私の専門は酵母を中心とする微生物屋なので、パン製造に関しては素人である。そこで、プロに製パンは一任しようということで、秋田県内のパン屋さんなどに呼びかけて白神酵母研究会を組織していただき、この研究会を中心として製パン試験を行うこととした。

酵母を渡してから1週間後に試作パンを持ち寄ってもらい、試食会を1998年11月に開催した。

白神の酵母の力で出来上がったパンを見るのはこの時が最初であった。外見上は、重さと体積のバランス(パン比容積)が市販のパンと変わりないということが第一印象であった。この時点で、市販レベルのパンを大量培養した白神酵母で作るという最初の目的が達成されたこととなった。

続いて口に入れてみた。しっとり感があると共にきめの細かさが感じられた。香りはフルーティーな華やかなものであった。第1号の試作品でありながら、非常に高品質のパンであった。

もうひとつ驚いたことがあった。それは1週間室温に放置してもしっとり感が保たれていたことであった。

この試作品第1号の出来があまりにも良かったので、酵母の力よりはパン職人の腕と思われた。イーストメーカーが長年改良を加えてきた現行の酵母と同等以上の製パン適性を、自然界から分離したままの姿の白神の酵母が示したのだから当然のことである。

この考えは、数多くの試作を重ねることにより修正せざるを得ないこととなった。白神の酵母で作ったパンのおいしさは、この酵母の力と、この酵母に惚れたパン職人の愛情の結果だと。

後に、この酵母は発見者である小玉先生の名字と白神に棲んでいた木霊(こだま)を掛け、さらに広くこだま(山びこ)することを願い「白神こだま酵母」と高橋砂織(秋田県総合食品研究所)により命名された。

こうして白神山地のブナ原生林にひっそりと生息していた酵母は、類い希な特性を携え旅立つこととなった。

「白神こだま酵母でパンを焼く」(大塚せつ子/農山漁村文化協会)より抜粋。


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